2017年10月21日

とりあえず生きてます

こっちにはスゲー久しぶりに書き込みますが、
とりあえず生きてます。
つか、かなり順風満帆に生きてます。

だけど、ブログには書けないことが増えてねー。
子供の成長記録とか書いても
誰が読むんだって話だし。

何をどういう目的で情報発信するのかってのを
きちんと整理してからじゃないと、
ブログを再開するのは難しい状況かなー。

1000以上のエントリを書いてるから、
可能であれば活用はしたいものの、
時間を使うからには有意義に使いたいし。
…オトナって難しいね!


posted by ビズアイユ at 23:02 | Comment(0) | 日記@放浪

2015年07月05日

ザックリと近況を報告

ブログの更新をサボって半年以上、
何をやっていたかというと、
小規模案件ながらプロジェクトの
リーダーを務めていまして、
ハードに働いておりました。

技術チームのリーダーは何度か
経験があるものの、要件定義から
システムテストまで通して
進捗をコントロールするのは初めてで、
例によって地雷を丁寧に踏み抜きつつ、
何とか馬力で最後まで完走するという
IT土方らしい仕上がりとなりました。

個人的には諸々の課題に反省必至なのですが、
お客様の評価も社内の評価も悪くなく、
このプロジェクトの成功を以って
係長に昇進という嬉しい結果となりました。

もちろん、その間も大学院には通っており、
無事全ての単位を取得するに至りました。
四年間も掛かってしまいましたが、
ついに私もMBAホルダーです。

でもって、そうこうするうちに
長男も誕生しまして、人生の節目が
一気にドカンとやってきた感じです。
駆け足ですが、こんな近況でございました。
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2014年11月02日

ポーランドおみやげ話

ポーランドの6週間はあっという間に
過ぎてしまいました。海外でBIというのは
僕にとってホームアドバンテージがあり、
かつ週末は遊び歩いていたので、
そりゃ時間が過ぎるのも早いってわけです。

ということで日本に帰国してきたわけですが、
会社や家族向けに買ってきた
お土産を紹介してみようと思います。
結構通好みのアイテムが揃っているかと。

<ポーランドポッタリー>
日本でも人気急上昇中のポーランドポッタリー。
手付けの色柄と陶器の厚みがキュートです。
日本で買うと一つ4000〜5000円はするところ、
現地だと1000円程度で購入できてお得です。
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<ヴィチナンキ柄のコースター>
ポーランドの農家で部屋の飾り付けとして
作られていた、伝統的な切り絵の柄を
モチーフとしています。カラフルで幾何学的で、
でも優しい雰囲気がとっても素敵です。
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<サルモのルアー>
サルモは、知る人ぞ知るグローバル企業。
そのルアーの品質は世界中の釣り人に
知られていますが、全てポーランド国内で
製造されています。これも現地だと格安です。
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<ジンジャークッキー>
コペルニクスも大好物だったと言われる、
トルン名物のジンジャークッキー。
ワルシャワには公式ショップが無いので、
EC倉庫まで出向いて買いにいきました。
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<お茶&蜂蜜&薔薇のジャム>
ポーランドでは昔から色々な植物を
お茶として生活の中に取り入れていました。
そのお茶請けとして、名物の蜂蜜や
薔薇のジャムも一緒に合わせてみました。
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<チョコレート>
中欧のチョコレートと言えばウィーンの
デメルですが、クラクフのヴァヴェルだって
負けていません。ロッテに買収された
ヴェデルからはコアラのマーチも出ています。
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2014年10月26日

時の旅人ポーランド編

今回のポーランド出張では、歴史を巡る
旅をしようと計画をしていました。
無事に資格が取れたので、安心して
旅行記をまとめてみようと思います。

<10世紀〜11世紀:ポーランド王国の勃興>
ポーランド王国は10世紀頃に成立しました。
現在のポーランドとほぼ同じ領土を獲得した
ポーランド王がカトリックに改宗し、
キリスト教世界に強国として認知された結果、
世界史の流れに組み込まれるようになります。
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(↑初代ポーランド王ミェシュコ1世)

<12世紀〜13世紀:諸公の時代>
神聖ローマ帝国の侵攻を防ぎ、中央集権を
強固とした12世紀のポーランド王は、
その4人の王子達に領土を分割相続しました。
その結果、貴族達を巻き込んだ内紛が発生し、
ポーランドは多くの小公国に分裂していきました。
小公国には多くの外国勢力が侵入し、
ユダヤ人やドイツ人の移住も進みました。
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(↑ドイツ騎士団城、自由都市グダンスク)

<14世紀〜16世紀:ポーランド黄金期>
大王と称されたカジミェシュ3世により
ポーランド王国は再統一されました。
また、隣国リトアニアと連合王国が組まれ、
軍事・外交・内政のいずれも安定したため、
文化的にも大きく発展しました。
コペルニクスが地動説を発表したのも
この時期で、欧州一の国家として君臨しました。
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(↑王都クラクフ、ヴィエリチカ塩鉱)

<17世紀〜19世紀:黄金の自由と亡国>
連合王国の王位継承者が途絶えた16世紀末から、
ポーランド王は黄金の自由と呼ばれる
選挙システムで決められるようになりました。
しかし、これにより権力闘争が激化、
さらに他国による選挙介入が常態化し、
ポーランドの領土はロシアとオーストリア、
およびプロイセンに分割されてしまいました。
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(↑ワルシャワ王宮内外)

<20世紀:血と引き換えの独立>
分割の果てに滅亡したポーランド王国は、
第一次世界大戦後の列強の弱体化に乗じて、
共和国として独立を回復しました。
しかし、ドイツとソビエトの間に挟まれていた
ポーランドの国土は、第二次世界大戦で
最も苛烈な戦場の一つとなり、両国の占領が
長く続きました。ソビエト軍の駐留が退き、
真の独立が果たされたのは、25年前のことです。
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(↑ワレサの造船所、若き日の教皇ヨハネ)

ポーランド1000年の史跡を歩むと、
国体のあるべき姿について自然と考えが及びます。
軍国独裁だった大日本帝国、行き過ぎた
自由主義だったポーランド・リトアニア共和国、
いずれも亡国の憂き目に遭いました。
民族主義やイデオロギーの高まりによる
国家の分裂と混乱が散見される現代、
国家に何をどこまで担わせるのか、
そして個人は何を担うべきなのか、
きちんと整理するべきなのかもしれませんね。
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2014年10月19日

英語の仕事を乗り切る

いや、まだ全部の工程が終わったわけでは
無いのですが、おそらく大丈夫でしょう。
三つの学科試験はストレートで合格。
残りの実技試験はマニュアルやWebを
参照しながらなので容易と思われる。
現地会社の担当者ともキチンとした
コミュニケーションが取れている。
もちろん油断はダメですが、
最後まで順調に事を運べる自信はあります。

であるならば、これで僕が最低限の
ビジネスレベルの英語力は備えている
ということも証明できそうです。
英語には苦手意識があったので嬉しいです。

実際、MBAの講義(英語)で発表をするのは
未だに苦手ですが、三年半の学生生活で
それなりに鍛えられてはいたのでしょうね。
投資の額からすると慎ましいリターンですが(汗

ただ、やっぱり流暢というには程遠く、
相手が聞く姿勢を持ってくれているから
通じるという面があるのは否定できません。
逆に、自分の発する言葉で相手を引き込める
というところまで進めないと、
グローバルで「戦う」には足りないでしょう。

そこまで行くには、今後どうしたら良いのか?
ゲストからホストへの質的転換が必要という
気がしてきました。MBAの生徒であるとか、
今回のような交渉が必要ないという状況では、
自分の有利なタイミングだけを見計らって
発言をすることも可能なのですよ。
しかし、これが講師になるとかガチの交渉に
勝たないといけないとなると、話が違う。
リアルタイムに適切かつスマートな言葉を
アウトプットしなくてはならなくなる。
今後は、意識的にそういう場面で自分を
鍛えることも考えないといけないですね。
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2014年10月12日

ポーランド料理の所感

ご存知の通り、僕は食べ歩きが好きなので、
ミシュランやトリップアドバイザーを参考に
ワルシャワの色々なお店を回ってみたのですが、
全体的には日本の外食の方が上と感じました。
ミシュランの予算の都合もあるのでしょうが、
ポーランド全体でも一つ星のレストランが
一箇所あるだけという状況のようです。

そもそも、ワルシャワや観光地は別ですが、
街に料理屋をあまり見かけませんでした。
食事といえば母親が作るもので、
外食という文化が根付き始めたのは
民主化後の25年間ですから、当然ですね。

そんな中、僕が美味しいと思ったのは、
家庭料理であるスープと、イタリアンです。
最近は一日三回になったものの、
ポーランドの昔の食事回数は一日四回
だったそうで、日持ちして暖めるだけで
上等な一皿となるスープは、お母さんの
味方であったと想像に難くありません。
バリエーションも豊富なのが嬉しいです。
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イタリアンが美味しい理由は、チーズです。
これは僕の持論ですが、料理の風味の
大部分を決めるのは発酵系の調味料なんですよ。
醤油や味醂を使えば和風になるし、
ナンプラーを使えば東南アジア風になるし、
乾貨を使えば高級中華っぽくなるわけです。
で、イタリアンの場合はチーズなんですが、
ポーランドのチーズは安くて美味しく、
それをキチンと料理のベースに据えてるから、
本格的なイタリアンの味が出てるわけですね。
(逆に言うと、日本のイタリアンはチーズを
ケチってるから物足りないことが多い。)

ということで、最近はホテルの近くにある
San Lorenzoというイタリアンレストランに
毎日のように通っています。ここは基本に忠実で
美味しいイタリアンを出してくれるお店で、
星付きではないですがミシュランのお墨付きです。
おそらく、料理がオーソドックス過ぎて
星を貰えないのでしょうが、味は一つ星級です。
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2014年10月05日

悲哀の歴史を纏った森

今週末は自転車を一日レンタル(2000円弱)し、
ワルシャワの北西に広がるカンピノスの森という
国立公園を訪れました。ヨーロッパの平地森を
一度は訪れたかったのです。元農学部生ですから。

カンピノスの森林地帯は、ワルシャワの中心部から
約15kmほど離れたあたりから広がっており、
自然を楽しむ家族連れやマウンテンバイクの
愛好家にとって絶好の場所となっていました。
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しかし、この森には非常に重い歴史がありました。
列強のポーランド分割に抵抗する人々の
蜂起の舞台となり、鎮圧され、処刑が行われる。
ナチスドイツの支配に抵抗する人々の
蜂起の舞台となり、鎮圧され、処刑が行われる。
ユダヤ人ゲットーから連れ出された
人々の処刑がナチスドイツにより行われる…。
第一次世界大戦前から第二次世界大戦にかけて、
この森では10000人を超える人々が殺されました。

下の地図は今回の僕の走行ルートですが、
地図内の青い場所にワルシャワ歴史博物館の
分館がひっそりと建っていました。
その建物に隣接した場所には不自然に拓けた
空間が広がり、そこには簡素な墓が整然と、
かつ夥しい数で存在していました。
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おそらく日本で発行されている旅行ガイドに、
この分館と墓のことが掲載されているものは
無いでしょう。ですが、ポーランドの近代史に
少しでも興味があるなら、是非とも足を
運ぶべき場所だと強く思いました。
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2014年09月28日

まあ10年もやってるし

ワルシャワで某ITソリューション製品の
コンサル資格を取得しているわけですが、
研修無しで独学で頑張ろうとすると、
OracleでいうPlatinum資格程度の
難易度があるっぽい雰囲気です。

というのも、三回のCBTと三日間の実地試験を
クリアしないと資格が貰えないうえに、
CBTの難易度もOracle Goldクラスだと
最初の一つを受験してみて分かったからです。
…僕はノー勉強で合格しましたけどね(ドヤァ

結局、BIツールってコンセプトのレイヤーでは
大体同じだなあというのが偽らざる感覚で、
一つの製品を深くマスターしていれば、
試験用に新しく覚えることは少ないのでしょう。
(現場レベルの泥臭いところは別の話。)

思ったより資格取得に工数を割かないで良いなら、
がっつりポーランド国内を旅行しちゃおうかな。
あ、いや、もちろんやるべきことはやりますよ(汗
タグ:資格試験 RDB BI
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2014年09月21日

ワルシャワ長期出張中

初めての東欧滞在の機会が
仕事関連で貰えるとは幸せだなと、
広いホテルの一室で実感しています。
はい、いま私はポーランドの
ワルシャワにやってきております。

新入社員を引き連れて、
某ITソリューション製品の
コンサル資格を6週間で取得させる
任務を幸運にも拝命したもので、
早速ワルシャワの旧市街なんかは
観光してきちゃいましたw
流石は北のパリと呼ばれた街です。
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もちろん、当地のエース開発者と
コネクションを築いたり、
開発方法論を日本式に落とし込んだり、
インフラ構築のノウハウを学んだり、
モバイルやデジマなどの新領域の
知見をレポーティングしたり、
競合をリプレイスする際の
Fit&Gap事例を押さえたりなど、
リーダーとしてすべきことは色々と
山盛りなのですが、久々にTechieな
IT案件なので、むしろワクワクです☆

MBAを少しお休みしないといけないのが
若干心配ではあるのですが、
もともと英語力アップを主目的に
通っていたのもあるので、
英語で仕事できる方を重視し、
授業は後から挽回したいと思います!
つか、挽回できないと今年度中に
卒業できなくなっちゃうので(汗
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2014年04月16日

台北旅行記・テーマ参

<老街に残された日本>

台湾には日本統治時代の面影を強く残す
老街がいくつかある。私たちは烏来と九份の
二つに訪れた。いずれも台北から二時間ほどで
辿り付くことができ、観光を彩ってくれる。

烏来は台北の南の山地にあり、
原住民族の泰雅族が住む場所である。
烏来という言葉は泰雅語で温泉という意味であり、
日本統治時代には日本式の温泉も開発された。
近隣で茶業や林業の入植が進んでいたため、
多くの日本人の利用があったようだ。
山の緑から伝わる生気と長閑な雰囲気が心地良く、
台北市民の週末旅行先として人気なのも肯ける。

九份は台北の東の海沿いにあり、
かつて金の採掘で栄えた地域であったが、
鉱山の枯渇により衰退していた。
ところが近年、昔ながらのノスタルジックな
街並みが観光地として再評価され、
多くの観光客が訪れるようになっている。
隣山の黄金博物館には日本統治時代の遺構も
多く残されており、往時の状況を窺い知れる。

老街というわけではないが、
滞在した宿のあった西門町の付近は、
日本統治時代に最も賑わった繁華街であった。
今は若者の街となっているが、
そこでも日本を思わせる風景があり、
今後も日台の関係が良好であることを
願わずにはいられなかった。

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鄙びた温泉街の雰囲気が漂う烏来は、
かつて日本人入植者の拠点となっていた

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かつては烏来の林業輸送の核であった観光トロッコと、
泰雅族の民族料理(竹筒飯と紫色の山菜炒め)

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山龍が海へ駆け降りるような場所にある九份の街は、
千と千尋の神隠しのモチーフとも言われている

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(左)九份のメインストリートである基山街
(右)台北の渋谷こと西門町に見られる日式文化
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2014年04月15日

台北旅行記・テーマ弐

<道教世界と現世利益>

道教とは、中華世界の民間信仰が理論化されたもので、
日本においての神道と近い位置付けのものと
考えて貰って差し障りない。ただ、神道の場合は
天皇家が尊重された結果、それなりに整合性のある
体系が整っているが、道教は宗派によって最高神が
異なるのもあり、世界観が秩序だっていない。
雑多な神仙がごった煮になっているイメージである。

それゆえ、道教の寺院は一つ一つが個性的で、
訪れる価値が高い。更に、中華的な価値観からか
現世利益の実現にウエイトが置かれており、
パワースポット的な感覚でお参りしても
特段不心得ではないという点も有難い。

また、パワースポットに関連するが、
多くの道教の寺院では場所と作りに風水が
意識されているようだ。特に龍山寺には
分かり易く水が配置されているので、
心得が無かったとしても何らかの意味が
込められていることに感付けるだろう。

道教は占いとも切り離せない関係にある。
というよりも、道教の世界観を母体に
編み出された推断の術が占いである。
陰陽五行、十干十二支、九数八卦といった
占いの理は、そもそも世界を観念的包括的に
捉えるためのフレームワークであり、
占いとは基本的に当てはめなのである。

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台北市内最古の道教寺院である龍山寺には、
大小合わせて100以上の神仙が祀られている

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ライトアップされる夜の道教寺院(松山慈祐宮)に、
市場の中の風景に溶け込んでいる關帝廟

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水(≒道)に向き、山を背とするのは風水の基本であり、
郊外の道教寺院も忠烈祠も基本を守っている

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占術理論の書籍のレベルは高かったが、
占い師はピンキリだった(オススメは易學堂
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2014年04月14日

台北旅行記・テーマ壱

<民国の歴史と食文化>

台湾(正式名称:中華民国)は
清朝を打倒した革命軍の一派(=国民党)が
興した国家である。ソビエトの支援を受けた
革命軍の一派(=共産党)との内戦の末、
国民党は1949年に中国大陸から台湾島に逃れ、
台湾国民政府を編成した。

その際、文化を継承するものにこそ
国家の正当性は宿るとの考えから、
中国古代皇帝によって集められた文化財を
国民党は台湾島に運び出した。
台湾の代表的な観光スポットとして名高い
故宮博物院は、こうして設立された。

日中戦争中、国民党は日本軍と戦っていたため、
戦没した英霊を祀る忠烈祠には抗日戦士の碑も
存在するが、国民党以前に台湾島を支配していた
日本人に対して好意的な層も多かったこと、
反日教育が行われなくなったことから、
現在の台湾は親日感情の厚い国家の一つである。

南方系の原住民、東洋のユダヤ人と称される客家、
外来政権のオランダ人や日本人、国民党の華人
といった様々な民族が台湾島を拓いていったため、
台湾の食文化は豊かである。外食が盛んで、
しかも一つ一つの分量があまり多くない
小菜スタイルで料理が供されることから、
夜市の屋台の食べ歩きは台湾観光に欠かせない。

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建国/革命/抗日戦争において戦没した英霊を祀る
国民革命忠烈祠と、衛兵交代のセレモニー

賑やかな夜市と路地裏の餃子屋
(餃子の写真は失念したが、美味であった)

胡麻風味の浸け麺と肉団子のスープをいただき、
デザートには台湾風カキ氷(タピオカと芋圓のせ)

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故宮博物院に附設のレストランで国宝を模した料理を食べ、
翌日はアッサリとした中華粥で滋味を楽しんだ
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2014年04月13日

台北旅行記・イントロ

年度末までのプロジェクトが終わり、
まとまった休暇を取れたので、
嫁と台北を旅行することにした。

行き先を台北に決めたのは、
値段・興味・方位の三つの条件を
全て満たしていたから。
三泊四日で、以下の旅程となった。

一日目:夜
 台北101(*1)
 臨江街観光夜市(*1)

二日目:朝
 忠烈祠(*1)
 故宮博物院(*1)
 故宮晶華(*1)

二日目:昼
 孔子廟(*2)
 大龍保安宮(*2)
 行天宮(*2)
 占い横丁(*2)

二日目:夜
 鼎泰豊(*1)
 誠品書店(*2)

三日目:朝
 烏来老街(*3)

三日目:昼
 九ふん老街(*3)

三日目:夜
 松山慈祐宮(*2)
 饒河街観光夜市(*1)

四日目:朝
 龍山寺(*2)

来週からは三回に亘って
台北の旅行記を書こうと思っているが、
各回のテーマは次のようになる予定だ。

*1 民国の歴史と食文化
*2 道教世界と現世利益
*3 老街に残された日本

当初予定していた気功の先生と
会えなかったことだけは残念だったが、
これで台北再訪の理由ができたと
前向きに捉えていたりもする。
それくらい、有意義な旅であった。
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2012年07月21日

ブログ暫く休業します

週に一度の人生の振り返りが自分にとっても
有意義だなと感じてはいるのですが、
振り返りよりも前に進むことを優先すべき
タイミングもあるよなと考えています。

ITじゃないコンサルへの転職、
某技術書の英訳のお手伝い、
手を抜けないMBAの単位の履修、
山のように積まれた占術理論の読破、
嫁との冷戦の終結と、かなりクリティカルな
イベントが今年の後半戦には控えていまして、
その実行のために時間を作る必要が出てきました。

で、何を省くかと考えたときに、
苦渋の決断ですがブログの執筆を
省こうと考えるに至ったわけです。

とはいえ、備忘的なつぶやきなどは
Facebookに放り投げたりしていますし、
何か声を大にして伝えたいことがあったときは
気まぐれにブログを書いちゃうことも
あるかもしれません。縛りを無くすだけです。
…さあ、次の舞台に向かって飛躍するぞ!
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2010年01月06日

三年ぶりに送ってみた

お世話になっている人に近況報告をするため、
O'gami-Newsなる季刊メールを実質不定期的に
送っているのですが、本日その配信を三年ぶりに
行いました。…途方もない筆不精に反省(汗

有り難いことに三年間で送り先が大幅に増えまして、
途中でGmailからOver Quotaの警告を食らうという
レアな出来事も経験したのですが、
送信元のアカウントを切り替えることで対処し、
何とか日付が変わらないうちに作業を完了できました。
(いつもとは違う送信アドレスになったので、
迷惑メールと化していたら申し訳ないです。)

ただ、宛先不明で未達になることも多くて。
メールアドレスって結構頻繁に変わるものだから
仕方無いのかもしれないけど、ちょっと残念。

もしかしたら、ブログへのアクセスの方は
続けてくれている人もいるかもしれないから、
本文へのリンクを下に貼ってみますね。
個人情報は投げ捨てるものだと思っているので、
そこらへんの心配は無用ですよーw
https://sasurahi.up.seesaa.net/docs/news0016.html
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2010年01月01日

あけおめタイガー2010

新年初更新です。
あけましておめでとうございます!
今年も宜しくお願いします☆

さて、去年エチオピアから日本に戻ってからは、
そんなにネタもないだろうということで
ブログの更新を週一回ペースにしたんですが、
実は書けないことも結構あったりして、
人間生きてれば何処にいても色々あるんですねw

さあ今年はどんなネタが舞い込むでしょう。
個人的には、Kiva Linuxの深堀りと
データベース屋としての看板作りを
メインに攻めていきたいと思うんですが、
例によって料理ブログに終始する可能性も…。
まあ、それはそれで需要はあるのか?

と、元旦から気の赴くままに書き散らしている
当ブログですが、このノリで頑張ります。
たまには遊びに来てくださいねー♪
…そうそう、タグの三つが今年の目標です。
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2009年11月02日

有給でふらっと箱根へ

有給が取れるなんて、本当に今の会社は
情報系の会社なんだろうかと思いつつ、
せっかくなので箱根に行ってきました。

ぼちぼち緑は色付き始めていたし、
豆腐懐石は美味しかったし、
富士山は綺麗に眺められたし、
大涌谷は荘厳で神秘的だったし、
小田原城と北条氏の歴史も面白かったし、
なかなか優雅な休日を過ごせましたねー。
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住家の排水溝が弱い関係で、水漏れが怖くて
風呂に浸かれない生活が続いているので、
ちょっと贅沢して部屋に露天風呂が付いてる
宿を取ったんですが、これも良かった。
ゆっくり何度も湯治できて、疲れが取れました。
塔ノ沢 一の湯 別館

…なんか最近、日記がエセレブですね(汗
いやあ、料理はワリと得意な方ですが、
特に結婚詐欺とかは働いてないですよ?
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2009年01月14日

どうにか就職活動する

今まで街歩き三昧のドバイ滞在でしたが、
さすがに帰国日が差し迫ってきたので
真面目に就職活動をすることにしました。
つか、アラブ圏の休日って金土だから、
ぶっちゃけ本当に猶予が無かった(汗

久々にスーツに着替え、白タクを拾います。
ユースホステルの周りってタクシーがあまり
走ってないので、近くのLuLuハイパーマートで
白タクを拾うようになってしまったんですが、
土地勘が無いと危険なので注意しましょう。
僕の言うことじゃないんですけど(爆

で、一路IT企業の集まるメディアシティへ。
空港とユースホステルのある東側から
ビジネス街のある西側へは50km以上離れていて、
タクシー代は100DHs≒3000円も掛かった(汗
それでも多分正規のタクシーより安いという…。

さて、今回のターゲットはArabian Business
という雑誌にITコンサルタントの求人を
出していた某会社。前職でも少なからず色々と
関わりのあった会社なので、門前払いには
ならないと思うんですが、果てさてどうなるか。
とりあえずドバイ方式で受付にCVを渡したので、
何か進展があったら報告しますねー。
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しかし、当然のことながら働いてる人たちが
インターナショナルで格好良かったですわー。
日本みたいに皆が黒か濃紺のスーツって
感じでもなかったし、ミーハーな僕としては
一度はあんな環境で働きたいと思いましたねw
街の様子もハイソで素敵でしたよ。
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ただ、通勤に難があるのは問題かもしれない。
帰りはバスを使ったんだけど、待ち時間合わせて
二時間以上も消費しちゃったからね(汗
ドバイメトロが完成したら大分アクセスが
便利になるんだろうけど、これじゃ仕事の前に
消耗しちゃいそうな気がします。
ま、内定貰ってから心配しろって話ですね(爆

(おまけ)
ヲタク文化はドバイでも健在なので、
同人書きさんとか仕事取れるのかもよー。
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2008年02月23日

ワンザヤ温泉はヌルく

以前から行きたいと思っていた、
バハルダール近郊の温泉に行ってきました。

ただ、近郊といっても農村部なので
交通アクセスが非常に悪く、
朝6時にバハルダールを出発し、
60kmほど北にある米の産地フォゲラで
ミニバスを乗り換え、更に一時間ほど
舗装されていない道路を走って
やっと到着という長旅となりました。

で、その温泉があるワンザヤという村ですが、
今まで訪れた中で二番目に田舎な集落でした。
ちなみに、一番目はラリベラのマリアム教会に
行く途中の奥山集落なので、ここもかなり
キワい感じと分かってもらえるかとw

しかし、問題は集落じゃなくて温泉です。
温泉のクオリティが高ければ良いのです。
早速温泉のチェックをしてみましたが、
…湯がヌルい。源泉の温度は42℃ほど
ありそうなんですが、浴室に湯を引く際に
相当冷えてしまうようで、浸かれる温度は
34〜35℃程度になってしまうようでした。
これじゃ風邪を引いてしまうなあ。
Wanzaye_wellspring.jpg Wanzaye_bathrooms.jpg

しかも、チケット売り場に行ってみると、
浴室は全てエチオピア人の予約でいっぱいで、
そもそも今日は温泉に入れないとのこと。
社会主義時代に立てられたワリとな良さげな
ホテルがあったので、そこには別の温泉が
あるかなと期待してみたものの、それもNG。
Wanzaye_ticketing.jpg Wanzaye_hotel.jpg

ここまで来たのに無駄足かよっ(泣
とはいえ、泊まるまでして空きを待つほどの
温泉でもないし、バスは一日に二往復しか
ないみたいだし、退散しますか…。

追記:
ワンザヤの更に奥にあるグランバという
集落の温泉はもっと熱くてオススメという
情報をgetしましたが、そこへは4WDを
借り切らないと行けないそうです。
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2008年02月17日

流離ヒ計画を先立てて

5月末から6月中旬にかけて、ザンビアと
タンザニアに行こうと思っています。

見聞を広めるために任国外に出かけることが
協力隊員には認められているため、
活用しようかなと。ブログのタイトルも
流離ヒ見聞録ですしねw

で、回る場所はこんな感じ。
アフリカと言えばみたいなところを
一通り回ってくるつもりです。

 ・ビクトリアの滝
 ・キリマンジャロ国立公園(サファリ)
 ・マサイ族の村
 ・ビクトリア湖
 ・ザンジバル島

旅程や予算の計画を今日立てたんですが、
計画を立てると行きたい気持ちが
高まりますね。まあ、その前に頑張って
仕事を終わらせないと旅行どころでは
ないので、まずは仕事漬けかな…。
うーん、頑張らねば頑張らねばねばねば。
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2008年01月20日

ラリベラ旅行者に忠告

そんなこんなでラリベラ旅行を
満喫してきたわけですが、
実はこの旅は手放しに良いものでは
ありませんでした。というか、
ちょっとエチオピアを嫌いになった…。

もうね、どこに行っても金!金!金!
ホテルは示し合わせたように
一泊500Birrとかふざけたことを言うし、
外国人向けの移動費や教会の入場料は
アホみたいに高めに設定されてるし、
ガイドもあの手この手で金を
ふんだくろうとしてタチが悪い。

バハルダールでは至って平和に
暮らしている僕が、ラリベラでは
何度エチオピア人と喧嘩したことか。

結局、五日間の滞在で3000Birr近くが
飛んでしまったんですが、
これってバハルダールでの一か月分の
生活費よりも多いし(汗

ということで、今からラリベラを
旅行しようとする人に少しアドバイス。
ラリベラに行く前にきちんと旅行の
プランを立て、そのプランに沿って
費用計算をしておきましょう。
その際は、アジスアベバの旅行会社に
照会をかけるのも一つの手だと思います。

でないと、相場が分からないことや、
どこでお金を払わないといけないかが
分からないことに付け込んで、
ラリベラの連中はぼったくってきます。
エチオピア在住の僕がぼったくられて
いるくらいなので、普通の旅行者は…。

最後に、トイレと水シャワーが共同なのが
難点ですが、ティムカットの時期も
平時と同じ80Birrで泊めてくれた
バックパッカー向けの宿があったので、
そこを紹介しておきます。長距離バスの
停留所の北にある、この建物がそうです。
ここを見つけられなかったら、
更に1000Birrは飛んでいってました(汗
church_hotel1.jpg church_hotel2.jpg

ほとんどの教会は回ったし、
ティムカットの行進も見たし、
壮絶にぼったくられたし、
もうラリベラはお腹いっぱいですね。
早くバハルダールに帰りたいですw
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2008年01月19日

ティムカットの行進

ラリベラのティムカットは3日間に
渡って行われます。初日の19日には
全ての神殿のアークが街外れに運び出され、
司祭たちはそこでアークとともに
一晩を過ごします。翌日の20日には
聖ギョルギス教会以外の、21日には
全ての教会のアークが内部に戻され、
ティムカットの工程は終了します。

ティムカットはキリストの洗礼の日であり、
アークが再度教会に運び込まれることが
洗礼のメタファーとなっています。なので、
アークが外部から教会に戻るまでの行進が、
ティムカットのメインイベントとなります。

この行進ですが、普通に追いかけたのでは
人が多過ぎて満足に眺めることができません。
そこで、今回は秘密兵器を使いました。
ミニバスを借り切って、車上の荷台から
行進を眺めることにしたのです。
歩いて行進を追いかけなくて良いので楽だし、
高さがあるのでアークもばっちり見えます。
700Birrと非常に値は張りましたが(汗

ということで、車上から眺めた
行進の様子をどうぞご覧ください。
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祭儀用の式服に着替えた司祭たち、
カラフルな傘と旗、神聖なるアークと十字架、
こだまする祝福の歌声…。エチオピア正教の
独特な文化の雰囲気が伝わるでしょうか。

しかし、朝から夕方近くまでお日様の下に
いたせいか、相当焼けてしまったみたい。
肌がヒリヒリしてるもんなー(汗
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2008年01月18日

世界遺産の岩窟教会群

観光客がラリベラに来る最大の目的は、
世界遺産の岩窟教会群を訪れることです。
というか、岩窟教会群は街の中心にあるので、
ラリベラ=岩窟教会群と言い切っても
差支えがないと思います。

そもそも、ラリベラというのは
この地方に都を遷都した王の名前で、
彼がここに第二のエルサレムを
作ろうとしたことから、現在のラリベラの
歴史は始まりました。その象徴となるのが
岩窟教会群だったというわけです。

ラリベラの岩窟教会群は大きく3つの
グループに分かれます。6つの教会がある
北西クラスター、5つの教会がある
南東クラスター、そして最も美しい教会と
称される聖ギョルギス教会です。

ということで、まずは北西クラスターへ。
ラリベラで最も大きな教会である
聖救世主教会をはじめとして、
こちらの教会群はまるで神殿のような
荘厳さを持っていました。
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それから、南東クラスターへ。こちらは
大きな岩山の趣がそのまま残っていて、
雄大な自然の力強さと同居する建造物の
面白さを感じることができました。
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最後に、聖ギョルギス教会へ。
十字に彫り貫かれた教会は
最も美しい教会と称されるのに相応しく、
まさに芸術作品のような雰囲気でした。
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昨日の出費がきつくてガイドを雇わずに
教会群を回ったので、道に迷ったりも
したのですが、そのぶん教会のスケールの
大きさを存分に味わえたような気がします。

ガイドブックの情報を読み込めば
各教会の歴史や伝説を知ることができるし、
司祭自身が英語で教会の説明をして
くれたりもするので、予算を抑えたい人は
ガイドを使わないのも手ですね。
入場料だけで200Birrかかっちゃうし(汗
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2008年01月17日

ラリベラ郊外の教会へ

ラリベラ観光初日は、3000メートル級の
山上に建てられたアシュトンマリアムと、
崖の中に建てられたナクタラムの、
なんか若干ロケーション間違ってる系の
教会に向かうことにしました。

まずはアシュトンマリアムですが、
100Birrで馬を借りて山を登ります。
徒歩でも登れるんですが、せっかくの
乗馬の機会なので奮発をしちゃいました。
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しかし、びっくりするくらいの断崖を
登っていくわけですよ。これは落ちたら
絶対助かりません。何でこんなところに
昔の人は教会を建てたのだろう…。
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で、2時間ほどでアシュトンマリアムに到着。
ちょっと運動不足には堪える工程ですね(汗
そのワリにアシュトンマリアムは
そんなに見映えのする教会ではなかったですが、
古ラリベラ王朝の王が最初に建てた教会との
ことなので、それも仕方ないのかもしれません。
04_Maryam1.jpg 05_Maryam2.jpg

まあ、乗馬と山登りは楽しかったので
アウトドアが好きな人には行く価値が
ありそうです。奥山にある集落とかを
見られるのもエチオピアを感じられるので、
それもオススメでしょうか。
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さて、山を下って昼食を取った後、
今度はナクタラブに向かいました。
ミニバスを借り切って約20分で到着。
ああ、何て楽なんだw
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ナクタラブは別名聖水教会と言われる教会で、
崖の上から教会内部に岩清水が注いでいます。
この水を求め、多くのエチオピア正教信者は
ナクタラムに集まってくるそうです。
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ナクタラブはラリベラで特徴的な岩窟教会では
ありませんが、個人的には見る価値のある
教会と思いました。というのは、教会が持つ
宝物が他の教会より格段に素晴らしいから。
王冠、黄金のドラムと香炉、女王のインジェラ
バスケットなど、古ラリベラ王朝の栄華を
まざまざと感じることができました。
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しかし、今日の出費は食費と宿代抜きで
800Birrですか…。教会の入場料も交通費も
ガイド代もアホみたいに高くなってます。
ガイドブックの情報を鵜呑みにして
ラリベラに来ると大変なことになますぜ(汗
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2008年01月16日

休暇をラリベラで使用

さて、今僕は何故か世界遺産の都市である
ラリベラの街に向かっています。
実はアワサ農民祭への参加にかこつけて、
更に一週間ほど勤務先に休暇を
もらっていたんです。で、国内旅行を
しちゃおうと。せっかくエチオピアに
住んでいるのですから、少しくらい
観光も楽しまないとと思ったわけです。

しかも1月19日から21日はティムカット。
英語だとエピファニーと呼ばれる、
キリストが洗礼を受けた記念日の
セレモニーが行われます。エチオピア
正教の総本山のようなラリベラの
ティムカットは、おそらく素敵でしょう。

なんか最近非常に忙しかったので、
久しぶりにオフを満喫することにします☆
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2007年09月28日

花と十字架のマスカル

今日はマスカル祭が行われる日。
マスカル祭はエチオピア全土で行われますが、
ゴンダールのマスカル祭はその中でも
最も盛り上がるものとして有名です。

キリストが磔にされたという真の十字架の
発見を祝うというのが、マスカル祭の
由来なので、歴史的に敬虔なエチオピア
正教徒が多いゴンダールでは、このお祭りが
盛り上がるわけなんです。

さて、マスカルとはアムハラ語で十字架を
表すのですが、もうひとつ、この時期に
一斉に野に咲く黄色い花のことも表します。
このマスカルの花はエチオピアの国花であり、
目前に迫った作物の収穫を伝える花でもあります。
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マスカル祭では十字架の形をした
松明が作られますが、この松明には
マスカルの花も一緒に供えられます。
マスカルで作られたマスカルが、
マスカル祭を彩るわけです。
mascal_closs_1.jpg mascal_closs_2.jpg

マスカル祭のクライマックスでは、
大司祭たちが祈りを捧げた後に、
大きなマスカルの松明が広場で燃やされます。
これはキリスト受難のメタファーであり、
炎に焼けて崩れ落ちた松明を拾うことは、
真の十字架の発見のメタファーとなります。
このため、血気盛んな若者たちは、
崩れ落ちる松明を拾おうと炎の周りに殺到します。
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ちなみに、松明の崩れる方向で一年の吉凶も
占えるそうなんですが、今年は良い年と出ました。
次の一年は僕にとっても正念場なので、
是非とも良い年になって欲しいなと思います。

ということで二日間のゴンダール観光でしたが、
非常にエチオピアらしい文化を堪能できました。
また機会があれば、今回訪れなかった
デブレブラハン・セラシエ教会、黒いユダヤ人の
ファラシャ村、セミエン山のハイキングコース、
ダッシェンビールの工場にも行ってみたいですね。
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2007年09月27日

列王の都・ゴンダール

ゴンダールはファシリデス王によって
定められた、17世紀から19世紀にかけての
エチオピアの首都である。

ファシリデス王の父であるスセニョス王は
ポルトガル勢力の強い圧力によって
カトリックに改宗し、国教もカトリックに
変えたが、それによって国内は混乱した。

そのため、ファシリデス王は
国教を改めてエチオピア正教に戻し、
エチオピア正教徒だけの都を作ることで
混乱を収めようとした。こうして
作られた都がゴンダールである。

ゴンダールの都の入り口には
王の浴槽という施設が作られ、
街に入る人はそこでエチオピア正教の
洗礼を受けることを義務付けられた。
この結果、ゴンダールはエチオピア
正教徒だけの都となり、現在でも
信仰の篤い人々の街となっている。
Fasil_bath_1.jpg Fasil_bath_2.jpg

ファシリデス王はカトリックの排斥のため
ポルトガル勢力を追い出したが、
その先進的な建築技術は取り込んで
自身の宮殿を作った。ファシリデス王に続く
王達も近辺に自身の宮殿を作ったため、
その一帯の丘は大きな城塞となった。
これが、世界遺産ファシル・ゲビである。
Fasilides'_castle.jpg Yohannes'_temple.jpg
Eyasu's_palace.jpg Dawit's_hall.jpg
Bakaffa's_library.jpg Mentewab's_atelier.jpg

しかし、ゴンダール王朝は18世紀初頭から
衰えていき、わずか7歳のイヤス2世に
王位が移ってからは、その退潮が
決定的なものとなっていった。

イヤス2世の母、最も美しい女王と言われた
メントゥワブ女王は、イヤス2世に代わって
25年間ゴンダール王朝を治めたが、
彼女は夫であるバカファ王を思い出すのを
避けるため、また貴族たちの権力争いに
巻き込まれるのを嫌い、静かな丘に
宮殿を移した。これがクスカム宮殿であり、
ゴンダール王朝最後の宮殿となった。
Kusqam_1.jpg Kusqam_2.jpg

クスカム宮殿の内部には、女王の亡骸が
バカファ王とイヤス2世とともに
安置されているが、その亡骸を見ると、
最も美しい女王と言われた面影を
確かに感じることが出来るだろう。
her_grave_1.jpg her_grave_2.jpg

その後、諸王乱立の時代、テオドロス2世の
エチオピア再統一、列強との戦い、
ハイレセラシエの戴冠を経て、
近代エチオピアが誕生することになるのだが、
ゴンダールは今も北部エチオピアの
中心都市の一つとして存在感を示している。

これが、列王の街・ゴンダールの
おおまかな歴史である。…そして今日は、
その歴史と史跡を存分に楽しみました☆

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2007年08月30日

40歳までのキャリア計画

日本に帰ったら何をしようってのが
最近の悩みのタネだったりしたんですが、
色々と調査した上できちんとした計画を
紙に書いてみたら、不安がなくなりました。

これで40歳くらいまでの進路のイメージが
明確になったので、これで30代中盤までは
安心して爆走できそうですw
つか、爆走できないとキャリア構築失敗という
ギリギリ感も漂ってますが(苦笑

人生タイトロープダンサーの
今後の公演にもご期待ください☆
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2007年07月17日

国外逃亡計画

基本的にエチオピアから外に出ようとは
考えていなかったんだけど、ある出来事があって、
海外旅行も良いかなと思い始めました。
で、もし行くならどうするかを計画中。

エチオピアの協力隊員が行ける国は三つ。
タンザニアとザンビアとマラウイ。
その中で、一番旅行で楽しそうなのは
どこかと考えると…タンザニアでしょうね。

ビクトリア湖、キリマンジャロ、サファリ、
ザンジバル、キルワなどなど、山あり海あり
自然あり遺跡ありですから。ダルエスサラームの
カジノやディスコで夜遊びも良いでしょう。

さーて、どういう旅程を組もうかな。
一週間程度なら、ダルエスサラームと
ザンジバルだけで旅程を組めそうだけど、
キルワに行くのも捨てがたいんだよなー。
ま、同行者に後で相談しよっと☆
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2007年01月11日

微笑みの国からコンニチワ

今、バンコクのスワンナプーム国際空港から
日記を書いてます。次はエチオピアから
更新しますとか言って、いきなり嘘吐いてますねw

エチオピア行きのトランジットで訪れたこの空港ですが、
去年できたばかりで新しいそうなので、探検してみました。

ミルクの海を渡るクリシュナ像を背景に↓
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とりあえずトムヤムクンは食べてみた↓
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ドリアンはお約束↓
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どう見ても観光客です。
本当にありがとうございました。
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2006年09月03日

電車の中は仕事が捗る

18切符で旅をするのが好きなのは、安いからだけじゃない。
途中下車して飾らない景色や食べ物を味わうのが好きだし、
車内に居る時間は集中して仕事に取り掛かれるからだ。
 
今回は調整に失敗して途中下車をする時間を作れなかったけど、
そのぶん溜まっていた仕事を一つ片付けることが出来た。
マルチタスク人間に見られることが良くあるけど、
尻に火がつかないとそのモードには入らないので、
痞えていたタスクが消えると凄く晴れ晴れした気持ちになりますw
 
で、24:15分に目的地に到着。
さあ、今日から新しい仕事に取り掛かるぞー☆
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2006年08月05日

岡山・wilderness!

鳥取から移動して、津山に到着。そして、友人と合流。
今日は岡山の友人にお世話になります。
 
で、早速、案内したいところがあると言われ、
彼のIMPREZAは奥深い山道を爆走!
おいおい、こんな道を通れるのかよw
そして辿り着いたのはこんな場所でした。
ohaganishi.jpg iwaya.jpg

左は日本の棚田百選に選ばれた、大垪和西棚田。
山の奥の奥の斜面に急に広がる田園風景に、驚かされました。
こんなところで米を作ってるんだなあ…。
実際問題として放棄される水田も多くなってきていて、
その対策に頭を痛めているらしいですが、
むしろこんな所まで分け入っても米を作るインセンティブが
昔の人にはあったということなんでしょうね。
でも、米=金だった経済様式が崩れたことで、
今こういった地域は、否応無しに辺境となっていると。
色々示唆に富んでますね…。
 
そして右は総社市の鬼の岩屋。
僕の大好きな天才科学者の娘が封印されていた場所です(参考
分かる人だけ悶えて下さい。CresとかCresとかCresとか。
ってか、よりによって何故かここをチョイスするHさんに乾杯w
 
他にも備中国分寺総社宮に連れていってもらい、
備中の素敵スポットを堪能してきました。
基本的にインドア派の僕としては、
毛色の違う体験が出来てとても楽しかったです☆
 
最後にTRATTORIAで食事を取って、岡山を後に。
宿を貸してくれたことも含め、本当に有難うね!
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2006年08月03日

鳥取三日目・時を顧みる

さあ、昨日から引き続き、福岡のビジネスパートナーと
一緒に提案書作成に没頭しておりますw
旅先でこんなに必死に仕事するのって初めてですわ(汗
 
ただ、流石にほとんど寝ずにやってると頭が参ってくるので、
当初の予定をこなすことで気分転換を図ってみました。
研究室時代の先輩だった、留学生の部屋を訪問。
なんと今は助教授になり、統計学の講義を受け持っているとの事。
色々と近況報告をさせていただいた後、
ちゃっかり講義資料をいただいてきましたw
エチオピアで僕が講義をするときの参考にさせていただきます☆
 
で、夕方からは鳥取に残る同級生たちと飲み会。
仕事が終わり切ってなかったので、やはりPCを弄りながら
飲みに参加することになってしまったのですが、
他の皆も微妙に仕事に追われてる雰囲気w
いえーい、やっぱり俺らビジネスマンだー!
 
しかし、頑張ってる同期の奴らと久しぶりに一緒にいると、
それでも懐かしい気分になりますね。これが仲間って感じ。
 
お互い先々どうやって利益を出していくかが課題ですが、
知恵出し合って頑張っていきましょうね、社長
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2006年08月02日

鳥取二日目・超タイト!

今日の予定は、
 ・商工労働部(県庁)訪問
 ・とっとり総研訪問
 ・倉吉の友人と飲み
という感じだったのですが、物事は良くも悪くも
筋書き通りには行かないものです。
 
とっとり総研の研究員の方とお話をさせてもらったところ、
「あんたITの仕事をしてるなら会った方が良い人がいるよ」とのことで
急遽営業回りをさせていただくことになり、さらに提案書を明後日までに
持って行くことになったのです。話早過ぎ。ってか、超タイトだああぁぁぁぁ(滝汗
 
とのことで、友人と飲みつつも仕事のことで頭がいっぱいで、
相当浮ついた感じになってしまいまして、関係者約2名にはこの場で
ごめんなさいの意を表させていただきます。ごめんよ、SちゃんにM田。
まあ、こういうドタバタも僕らしいとは思うし、そういうキャラで認知もされてましたが(爆
 
まさか緩く知人を巡る旅の予定が、こういう展開になるとは思っていませんでしたが、
それはそれで仕事に繋がるのは僥倖でありまして、関係者各位には改めて
お礼を申し上げたい次第でございます。どうも有難うございました!
 
に、してもだ、提案書仕上げるのマジ辛いんですけど(涙
また多方面にヘルプ頼むことになりそうだ…。
posted by ビズアイユ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記@放浪

2006年08月01日

鳥取一日目・大学襲撃

さて、無事関西でのイベントも完了し、また実家へ帰ることにしました。
せっかく18切符の季節なので、鈍行で各地に寄りながら帰ろうかと。
ということで、大学時代に過ごした鳥取へ。
ちょっと思惑もあって、先々週倉吉に行ったものの、再訪です。
 
大阪→福知山→城崎→鳥取というルートで、約8時間かけて鳥取大学前駅に到着。
今日は大学の後輩と夕方から飲む約束だったので、山陰本線でゆっくり北上です。
餘部鉄橋の架け替えを知らなかったので、途中ぐっすり寝てたのは悔やまれるな(汗
 
で、飲みでは17人?の後輩がテスト前にも関わらず(むしろテスト前だから?w)
集まってくれ、環境の話、ビジネスの話、お決まりのダメ人間な話と、
沢山の話で盛り上がりました。考えてみると今の新一年生とは8つも歳が
違うのですが、これだけ世代の違う人と話せる機会ってないですからね。
本当に楽しかったです。幹事のT君、泊めてくれたのも含めて、very thanks!!
 
さあ、この縁も大事にさせてもらいますよ。3年間放置になっちゃうけど(爆
つか、覚えててくださいね☆
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2006年06月26日

tricks of trips

別府に関しては、ちょっとイレギュラーな事態が2件発生しまして、
当初の目的のMBA調査は結局出来なくて、ショボンヌなことに。
仕方ないので適当にだんご汁食って、適当に温泉入って、
適当に地獄巡りして、適当にお土産かって、高速バスで帰りました。
先日のキャッスル並みのインパクトはなかったので、blogでは割愛。
 
最近精神的に堪えるイレギュラーが続くので、かなり参り気味。
社交的にとか、社会的にとか、プライベートじゃないのが痛いのよ。
自分だけの問題じゃないからね。リカバリが効き難い。
まあ何とか今回はミニマムな被害に収まったようなのですが、
これは僥倖としか言いようのない展開になったから。本当なら死んでた。
 
ただ生殺与奪の状況で、しかし善意からの判断がなされたことについて、
そこには確かに錯誤を生じうる材料を提供したという背景があったにしろ、
いつもとは違った安堵の感情を得たというのは、面白い話ではあった。
人間を信じられる人間の安寧というのは、こういう場合に恐怖を
持ち込まずに済む点に起因するのかもしれない。それは私には、
吊るし人のアプローチと見えてしまうのだけれども。光は見えようが、
死神と悪魔と塔が待ち構えているの道を進むのは、尻込みしてしまう。
 
代わりの視点を伝えてくれる方、大歓迎ですw
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2006年06月25日

別府!別府!

そもそも何で別府かというと、私は将来MBAを習得しようと思っているんですが、
その留学先の候補となっている欧州の学校のMBAコースを卒業された先生が、
別府の立命館APUにいらっしゃるんですね。ということで、その先生づてに
現地のことを色々聞かせてもらおうと思い、別府に向かったわけです。
 
ただ、せっかく別府に行って温泉に入らないのは勿体無いので、
友人を誘って(車を出してくれて本当にありがとう!)、
日帰りの温泉旅行も楽しんできたわけでございます。
 
で、行ってきたのがトラックバック先で紹介されている、
ホテル・キャッスルというところ。ここは色んな意味で想像を超えてましたw
 
昭和の文豪が泊まったというそのホテルは、まさに昭和初期のままで
チープさは隠せないものの、独特な雰囲気があって、ヲレ好み。
いまどき鹿の剥製とか飾ってるホテルとか見たことないっすよ。
もう、歩くだけでワクテカですw
 
そして温泉は本当に素晴らしかった!
泉質が良いし、浴室が奇麗で広いし、人があまり来ないからゆっくりできるし。
ぬる目の湯音も落ち着いて浸かるにはちょうど良くて、
途中で拾った別府APUの女学生たちよりも長風呂をしてしまいましたw
おかげで今、私のお肌はツルツルですわん☆
 
知る人ぞ知るって感じの温泉故の良さもあったと思うのだけど、
出来れば10年先も潰れず営業してて欲しいですねー。
別府に旅行の際は、是非立ち寄ってあげてくださいw
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2006年05月27日

まほろ町と国産紅茶

今日はちょっぴり小旅行。佐賀県のまほろ町へw
 
まほろタンを知らないモグリな方は↓を参照。
まほろタンの記事(佐賀新聞より抜粋)
 
佐賀大和の道の駅でこんな看板を見つけ、萌え悶える☆
やまとキュン(左)&まほろタン(右)
 
お土産にまほろタンのバスタオルを購入した後、
諸富の国産紅茶専門店、「くれは」へ。
http://kureha.obi.ne.jp/
 
久しぶりに国産紅茶堪能しました。
渋みが丸くてほんのりとした良いお茶でしたよ。
セットのチーズケーキも美味しく、紅茶と好相性で、
とっても素敵な午後を楽しめましたわん。
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2006年05月14日

山陰線ぐったりの旅

昨日というか、朝まで踊っていたので、
もう汽車の中で眠り通しで、山陰線沿いの美しい風景を
楽しみつつ九州まで帰るという試みは失敗に終わりましたw
 
ただ、浜田の赤テンや益田の鶏卵饅頭といった、
知る人ぞ知る美味しいものはキチンと食べてきましたので、
鈍行旅の楽しさは十分堪能できたかなというか、
結局花より団子って性格のようですね、私はw
 
さて、九州に到着しました。
これから、また新しい展開です。
実家だからってペース落とさず、スピーディに行かなきゃ。
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2006年05月13日

鳥取→倉吉→米子

鳥取のカフェデリでブランチをいただき、
倉吉の赤瓦でまったり観光し、
米子のクラブで朝まで踊ってと、
東部・中部・西部の全てで遊んできました。
 
今日も密度の濃い一日でしたw
明日は山陰本線を米子から下関まで走破してきます。
無職だからこそできる無駄な時間の使い方。
でも、鈍行の旅ってのも良いものですよ。
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